お侍様 小劇場 extra

     思わぬ災難 〜寵猫抄より
 


      1


 クリスマスから年明け直前にかけての極寒は、冬将軍にもお正月があったのかと思わせるよな中休みを挟んでのち、都心の平野部にまで雪を降らすほどの寒気を連れて訪のうたものの。あんまり長続きしないまま、南下しちゃあ押し上げられてを繰り返し。

 「こういうデタラメな寒さのほうが厄介よねぇ。」
 「そうそう。寒いだろうと思って子供に防寒用の下着を着せてかせたら、
  汗だくになって帰って来たりするのよねぇ。」
 「カサイさんトコのヨウちゃんはそれで風邪引いたんでしょう?」
 「ええ。あんな元気な子が、もうもう可哀想でねぇ。」

 今日はさほどにひどい風も吹くことはなく、空もぺかりと磨いたばかりのように明るいばかり。久々に訪れた穏やかな日和の中。買い物帰りででもあるものか、この冬はやりのカラフルなダウンジャケットや、ウエスト部分のシャーリングがフェミニンな、ブルゾンタイプのウィンドブレーカなぞを羽織った若々しい奥様たちが、トートバッグを提げての、幼子同伴で住宅街の小道を行き交う時間帯。街路沿いには児童公園などもあり、今時分だと保育園の年少さんたちの帰宅時間とも重なるものか、この寒空にも関わらず、時折甲高い声が入り混じる、お元気そうな歓声が聞こえて来。

 「…あ。」

 そんな中の一人が、ふと何にか気づいて棒立ちになる。それに気づいた仲良しさんが、どした?と駆け寄り、そこが子供で、あのね?とすぐには応対の出来ない、その子の視線を追ってみて、

 「あっ。」

 こちらはたまたま目に入ったんじゃない、それを目指した視線だったから。見たものへの反応も素早いもので、

 「猫っ。」
 「えっ?」
 「どこどこ?」

 端的な一言への周囲の反応がまた、素早い素早い。野良も飼い猫も入り混じっての結構見かける土地柄なせいか、子供らもある意味で慣れがある。犬ほど大きくはなし、向こうから寄って来るのは稀なので、逃げれば追うの心理がこんな幼いうちからあるものか、猫を見て逃げ出す子は割と少なく、むしろ執拗に追われて猫のほうから“こりゃたまらん”と逃げ出すくらい。そんなせいもあってか、子供たちの声に気づいた母親たちも、偵察中のご近所の猫でも通りすがったんだろうと、さほど血相変えての身構えてはいなかったようだったものが、

 「……え?」
 「あら…。///////」

 子供たちの好奇の視線を一身に浴びている猫を、いやさ、そんな猫を連れていた人物を見て、一様に…意識を呑まれたようなお顔と相成った。

 「猫、猫さわっていい?」
 「かわいいvv」
 「お兄ちゃんのネコぉ?」

 物おじしないクチの何人か、散歩中らしい相手がこっちへやって来たのへと駆け寄ると、口々に騒ぐやら手を伸ばすやらの大騒ぎになりかかり。さすがにそれはご迷惑なんじゃあと親たちが顔を見合わせあったものの、

 「ああ、構わないけど、そおっと撫でてあげておくれね?」

 にっこり微笑った青年の、何とも愛想のいい様子には、ああきっと慣れておいでなのだろと、母親たちが胸を撫で下ろす。まだ仔だろう、片手で収まりそうな小さな小さな猫を、その懐ろという高みから子供たちの目線までへと少しほど下げてくれて。わっと伸びて来た手を、上手に加減し遠ざけたりもしつつ、満遍なく触らせてやる手際にも安心な慣れを感じる。それに、

 「…結構、いい男だと思わない?」
 「やだ、奥さんたらvv」
 「だって。」
 「いや、アタシもそう思ったvv」
 「ほら、○ゃにーずにああいう子、いなかった?」
 「子ってほど子供じゃないでしょvv」

 子供らへの愛想が よくよくそぐうほど、物腰穏やかで伸びやかな声をしたその男性。若い世代の奥さん連中が、何とはなく華やいだお声になるような、ちょっと見が端正で、体格も締まっていての頼もしい、なかなかな見栄えの男性であり。和やかさを含んで笑みにたわんだ目許の涼しさや、ともすれば女性的な形のいい口許なぞが、もしかしたらば芸能人かもと思わせる整いよう。髪や身なりも清潔で、野暮ったくはなく。何より、仔猫や子供を愛でる態度や口調の優しさや明るさが、誠実な人性を裏打ちしてもいて。こらこら、あんまりたかるとご迷惑ですよと、母親たちまでが寄ってゆくのに、さほどの暇まを要しなかったほど。そんな思わぬ来訪者があってのひとしきり賑わった、冬ざれた公園の、和やかな昼下がりの ひとこまだったのではあるが……。





  ◇  ◇  ◇



 犬と猫では集中の仕方が大きに異なる。狩りの仕方の違いにもそれは現れており、集団で群れなす犬の仲間はコンビネーションやチームワークを生かした“囲い込み”にて狩りをするが、猫は単独で行動するものが多いせいか、一発必中、ただただ鋭く狙いを定め、一気に襲い掛かって仕留めるものだから。猫のほうが視力もいいし、玩具で遊んでいても、犬はそれを操る買い主のほうへと働きかけるが、猫はただただ揺れ動く玩具の先ばかりを追ってしまう。

 「にあvv」

 いくら幼い子供とはいえ、そこは猫たる由縁というものか。じぃと見つめてバネをため、フッと振られた猫じゃらしの先へ全身でもって飛び掛かる集中は大したもので、

 「おおっと♪」

 勢いよく飛び込んで来ることを予測して、クッションの山の上へとかざして振ってやってた羽根飾り。すんでのところでサッと退けると、飛び込んで来た小さな身が ぼすんと大きめのビーズクッションの中へ埋まって止まる。いいお日和の昼下がり、その陽光をめいっぱい取り込んだリビングは、暖房が要らないほどにほかほかと暖かい。食休みのお昼寝をした小さな家族が、起きたの遊んでということか、同じリビングのソファーテーブルでPC開いて資料整理をしていた手元へとじゃれて来て。ちょっと待て待てといなしておれば、その手をかいくぐってのテーブルに乗っかり、果てはPCのキーまで踏み付けて回るものだから。

 『わっ。こら、久蔵っ!』

 本当の身体はごくごく小さいので、そのくらいじゃあ壊れやしなかったものの。それでもお行儀のいいことじゃあない。こやつは〜〜〜っという唸り声を上げかけたものの、

 『にぁんvv』

 ちょこり、キーボードの上へお膝をそろえての正座という格好になって、とろけるような鳴き声とともに、こちらを見上げた無邪気なお顔に出くわせば、

 『……狡くないか? それ。』

 そんなお顔をされちゃあ怒るワケにもいかないじゃないかと、苦笑をこぼした七郎次。だったら気が済むまで遊んでやろうじゃありませんかと切り替えた。彼には少し小さめの五歳児にしか見えない坊やだが、時折 視野に入るサイドボードに映り込む影はもっと小さなメインクーンの仔猫。それも、出会ってからこっち あんまり育っていないのがまた不思議で、

 『サイクルが人の成長と同じなのだろうさ。』

 猫だと ともすりゃお誕生日が過ぎたすぐにも父親になる例もあるとかで。生まれた年の内、あっと言う間に成猫間際までの成長をするもの。だが、この子は彼らの見えている人の和子としてのサイクルで成長してゆく種なのかも。となると、あと数年ほどは…猫としてはこの姿のまんまだということになるのだが、まま、人の和子に見えてる時点で、それ以上の不思議はないと言え。そんな身であるらしいという推察が立ったおりにも、彼や御主の勘兵衛には“今更”という感もあり。それならそれで、

 『じゃあ一緒にいられる時間も長いのですねvv』

 ああよかったと青い双眸 細めてたわませ。小さな家族をお膝に抱え、きゅうと抱きしめた七郎次を、勘兵衛もまた、目許和ませ嬉しそうに見やったものだったのだけど。

 「にゃっvv」

 肘の関節なぞ要るのだろうかと思わせるほど、まだまだ寸の足らない小さな腕を、えいっと伸ばして飛んで来る。彼が見据えているのは、ひらひらと誘惑的に躍る蛍光ピンクの羽根の束であり。それを捕まえることしか考えてはいなかったので、それの向こうが安全かどうかまではまだまだ考えが及ばぬのかも。いくら柔軟な身だと言ったって、転げたりぶつけたりすれば痛かろと。そこまで考えてやっての じゃらしてやっている七郎次、ポーンッと飛んで来た小さな坊やが、手でというより口での捕獲を構えてだろう、お顔から突っ込んで来たものを、

 「おっととvv」

 今度は自分の懐ろへ、ぽすんと受け止めたその上で。羽根飾りの猫じゃらしから離した手が、小さな子供の細い背中をそおと抱え込むために伸ばされており。お膝に抱えた格好になった坊やの、ふわふかな金の綿毛を見下ろすと、

 「うにゃ?」

 よしよしと撫でられる優しさに気づいた、無垢な双眸が見上げて来る。鮮やかな色合いの羽根を小さなお口が咥えたまんまというお顔は、間合いが違えばついつい吹き出したくなるような種の、それでも愛らしさをたたえていて。爆笑するではなくの、それでもくすりと小さく笑い、
「随分と暴れたから喉が渇いたろ? ミルクでも呑むかい?」
 ふくふくの頬をつついてやれば、キョトリと見開かれていた赤い双眸が、瞬いてから くるると潤み、
「にあにあ、にゃあ♪」
「ああ、はいはい。判ったから、羽根はペッてしてこうな。」
 お膝で跳びはね始めた小さな坊やの口許から、羽根飾りを取り上げたその間合い。何の予兆もないままに、リンゴォンというちょいと優美なチャイムの音が、暖かなリビングへと優雅に鳴り響いたのだった。





 来訪者は一応はきちんとしたスーツ姿の男性が二人。身分を示す証書を呈示した上で、二、三お訊きしたいことがあるのですがと切り出して。それじゃあどうぞと門扉を開き、家へ上がってもらおうとした七郎次へ、
『ああ、いやその。』
 少々口ごもっての言いにくそうな様子になると、
『お宅には小さい仔猫はいますか?』
 片やの男性がそうと訊く。ええと頷けば、
『その子を連れて、その…放し飼いにするのじゃあなく、あなたが連れての散歩なんてしますか?』
『ええ。自分から外を出歩く子じゃないものですから。』
 生まれ立ても同然で、まだ幼いのでと付け足したものの、それは聞くまでもなかったものなのか。二人で顔を見合わせて、何かしらを示し合わせると、

 『すいませんが…その猫と一緒に、ちょっと来ていただけないものでしょうか。』

 随分と低姿勢な彼らだったし、任意で同行をなどという四角い言いようも出て来なかったので。猫を連れて来いとは妙な言いようだと思ったものの、だからこその…あくまでも何か聞きたいことがあるだけなのだろと。あんまり深くは考えず、構いませんよと一も二もなく応じた七郎次だったこと、知己のとある人から あとでちょっぴり叱られた。いくら警察だってたって、そうまで甘やかすこたあないんですよと。そう、島田さんちの洋館を二人で連れだって訪れたのは、ここいらが所轄だという警察の刑事さんたちで。バスケットに入れた久蔵とともに、覆面パトカーらしい車にて案内されたのは、最寄りの駅より少しばかり遠い先にあった四角い建物。平仮名でではあったけれど“けいさつしょ”という表示が掲げられていることが、見上げた七郎次の肩を少々引き締めさせもして。
「お聞きしたいのは、あのですね。」
 少し広いめの事務所を思わす、刑事部屋だろ人の多いところにまずは通されたものの、一番最初に自宅までを訪れた、若い刑事さんがまずはと口を開きかけたのを遮って。ホワイトボード前にいた、別の…こちらは少々年季もいった風の刑事さんが、つかつかと寄って来るとこちらを見やる。七郎次が手に提げたバスケットに視線が及び、だが、開けてくれとも言わぬまま。傍らの若いのへ何やら耳打ちすると、きつい目付きでこちらを見据え、先に部屋から出てゆく彼で。そんな先輩からの指示には逆らえないものか、

 「すいません。場所を移しても構いませんか?」
 「え? ああ、ええ。」

 否やと言って、通ったのだか。何だか妙な雲行きだなと、さすがにこの辺りで気づき始めた七郎次だったが、提げてたバスケットがごそりと動いたので我に返れた。なんてこたあないに決まってる。早く済まして帰らなきゃ。今日は勘兵衛が新しい企画の打ち合わせにと出版社へまで出掛けてる。もしかしたらば、担当の編集さんと一緒に帰って来るかもしれない。お馴染みの人が担当になったなら、ウチで夕食をご一緒にというのがよくある流れ。まだ連絡はないけれど、そうなっても慌てないよう、お買い物にも出てなくちゃ。そんなこんなの算段をしつつ、促された小部屋へと移れば、そちらはテーブルとパイプ椅子のみという簡素な部屋で。それだけという殺風景さを相殺しているのが、よその部署からの備品だろうか、愛媛みかん なんてなロゴ入りの段ボールが幾つか積まれているのがご愛嬌だったりし。窓の鉄格子はまあ、こういう場所柄だから、逃げる用心と外からの襲撃を防ぐ用心も兼ねているのだろと、そんなことをば胸の内にて転がしてると、

 「実は、先だってから妙な事件が相次いでおりまして。」

 口火を切ったのは、若い刑事さんと同行して来た少しだけ年かさな人。ちょっとばかり横着な、そのくせこっちを睨むような態度を取ったベテラン風の刑事さんは戸口近くのデスクについており、静かな風を装ってはいるが、
“隙あらば逃げ出すんじゃないかと警戒してるみたいだな。”
 視線も時々逸らして上手く誤魔化してはいるけれどと。そこは、実践的な武道を少々嗜む身だから判ること。そして、ということは、

 “何だろう。俺、疑われてないか?”

 もしかして…が取り払われかかるほど、妙に重々しいものを感じてしまう。単なる関係者からの事情聴取なら、わざわざ来た自宅でも、さっきの大部屋ででも構わなかったはず。もしかして供述調書とやらを取る必要があってのこの対処なのかなぁ? でも、
“心当たりはないんだけれど。”
 それが犯罪だと気づかずに、誰かの権利を損なってたものだろか。でもなあ、あんまり外出もしないし、勘兵衛様の代理で手掛けてる、家作管理の関係でも出版関係でも、さしていざこざは起きちゃあいないのだけれど。
“そういや、W横町の賃貸物件に、家賃の滞納が1つあったかな。”
 でもあれは、時々勘兵衛様が取材にと居候する関係で、大目に見てる間柄だしな。他の物件で…又貸ししていて揉めたとかいう事件が勃発してたのかしら。だったらそれは、俺の落ち度でもあるんだろうなぁ。でも、それって警察に咎められる筋でもないと思うんだけれども。騒ぎを起こした連中が悪いんじゃないか。何で家主まで呼ばれにゃならない。

 「…。」
 「あの、島田七郎次さんですよね?」
 「あ、はい。」

 しまったしまった、ついつい沈思黙考を。勘兵衛様が執筆に入られると静かにしてなきゃって意識してた反動だろな。妙な拍子に落ち着こうとすると、ついつい意識がどっかへ飛んでっちまう。目を開けたまま寝ておるとは器用なことよなんて、その勘兵衛様からからかわれたくらいだし、あらためないとなぁ…。

 「実は、お聞きしたいことというのは。」

 んんんっと咳払いをしてから、その中堅どころの刑事さんが言うことにゃあ。
「この1週間ほどですか、こちらの住宅地で空き巣や子供の連れ去りなんていう物騒な事件が多発しだしましてね。」
 机へ広げたのは、七郎次が住まうところからはやや遠い駅向こうにあたる、閑静な住宅地の地図であり、
「それは…。」
 誘拐ですかと声を低めて聞き返すと、ああいえと慌ててかぶりを振って、
「そちらは、連れ去られかかったところに運よく通りかかった人がいたりしていて、今のところは難を逃れているんですが。」
 そんな風に、大したことではないということ、強調しての言いようを続け、
「小さい子だからあんまり相手のことを覚えていない。それでも、あの、」
 そこで彼が言い淀んだのは、真摯なお顔でじっと見つめて来る、七郎次の青い目に何だか圧倒されたらしい。こっちにすれば、何の後ろ暗さもないのだから当然のことなのだが、慣れない対象からの凝視は結構きついらしく。口ごもってしまった彼に代わって、

 「子供らが言うに、猫を連れてたお兄さんだったというんですよ。」

 戸口近くからの声が立ち、さっきの怖い眸をした刑事さんが立ち上がっての近寄ってくる。
「この数週間ほど、公園や遊び場代わりの車通りのない通りなんかに、仔猫を連れた若い男がちょくちょく姿を見せるようになった。」
 その男は、子供らに猫を触らせたり、ちょっとした遊びに付き合ったりするそうで。だが、どこに住まいがあるのかは誰も知らない。愛想もいいし物腰も柔らかなんで、何より身なりがきちんとしているのでと、親御さんたちも特に警戒しちゃいなかった。
「ところが。急に空き巣騒ぎが立て続いたり、子供が巧妙にいいくるめられて連れ去られかかったりするようになって。」
 こりゃあ物騒になったもんだと口々に告げる住民らの傍ら、無事だった子供らがしきりと言うのが、

  ―― だって、知らない人じゃなかったもの

 こういう世の中だから、知らない人にはついてくなとは徹底されているが、知ってる人だったらどうだろか。そういえばあのお兄さん見ないわねと、そんな声が上がり出し。犯人の風体を まともに説明出来そうな、学齢の子供が狙われの とうとう口にしたのが、

 『うん。あのね、猫を…キュウゾウちゃんを連れてたお兄さんだった。』

 さあご町内は驚いたのなんの。親が見ている範囲内だからと安心して子供らと遊ばせておいたが、そんな間に各々の家の中のこと、間取りや番犬、防犯装置についてを巧妙に聞き出していたらしく。中には言葉を交わすほど近寄った隙に、相手の奥さんのカバンから鍵を掠め取ってもいたらしく。それであらかたを荒らした挙句、今度は好みの子供を連れてこうとまでしたらしいとあって。

 「…ちょっと待って下さいな。」

 その説明と、この現状を照らし合わせると、出てくる答えは馬鹿でも判ろう。テーブルに載せていたバスケットがごそりと跳ねたのは、七郎次がその風情の中へ憤怒の感情滲ませたからか、


  「私がその怪しい猫連れの男だと、仰りたいのですか?」







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